バイオディーゼルカーで地球一周した山田周生さんにお会いしてきました!

エネルギー

2月1日、滋賀大学にて

「廃天ぷら油で地球一周と東日本大震災」 〜宇宙船地球号の行く先は〜

と題した講演会で、バイオディーゼルカーで地球を一周した経験を持つ、山田周生さんのお話を聞きに行ってきました!

サハラ砂漠縦断のお話からパリダカールラリーやバイオディーゼルアドベンチャーのお話など、最初から最後まで終始そのスケールのデカさに圧倒されました。

 

でも、そのスケールの大きさとは裏腹に、サハラ砂漠縦断などのチャレンジの最中は、己との対話、自分自身ととことん向き合う孤独な世界だったよう。

 

そんな中で、何か禅やヨガなどの精神統一の世界にも通じるような体験もされていて、全体を通して、そうゆー自分自身と向き合ってきたからこその精神性の話が多かったです。

 

大学での講演で学生さんが多かったので、話をまとめると、学生さんへのメッセージとして、

「自分の好きなこと、やりたいことを、自分自身ととことん向き合って考えて、それを実際に行動に移してやってみよう!」

ということをお話されていました。

 

そのお話を聞いての私の感想なんぞを少し書きつづってみたいと思います。

 

バイオディーゼルアドベンチャーとは?

山田さんはバイオディーゼル界でその名を知らぬもののいないくらいの有名人です!

なぜか?

それは冒頭でも書いたように、山田さんがバイオディーゼルカーで地球を一周されたからです。

バイオディーゼルアドベンチャーとは、トヨタのランドクルーザーに特注の超小型バイオディーゼル精製装置を積んで、世界各国行く先々の現地で廃天ぷら油を集め、それを燃料に変えながら化石燃料に頼らず地球を一周するというプロジェクトでした。

詳しくはこちらのページに書いてあります。

そして、こちらがその地球を一周した車両です!

この荷台に乗ってるのが精製装置。

車に積めるよう超小型化し、さらに一般的なBDF精製方法では水が必要ですが、アフリカなどの水のない土地でも精製できるよう遠心分離機やイオン交換樹脂などを駆使して、水無しで精製できるようになっています。

 

こうして世界各地の気象条件の中でもバイオディーゼルで走行可能か実証実験もかねて、地球を一周されました。

 

各地を回ってきてわかったことの1つが、アフリカやロシアは油が集まらないということ。

 

これは食用油が貴重で高価なものなので、できるだけ使い切ってしまうから。

 

アフリカはともかく、産油国で化石燃料はたくさんあるロシアが食用油に乏しいのは、そのギャップが意外でした。

 

あと、同じロシアのこぼれ話で、ロシアの道路が世界一悪いらしいです。笑

 

そして、廃天ぷら油を集めながらなので、おのずと現地の人とのつながりが生まれ、その“人とのつながり”にも助けられながら、無事地球一周を果たされたそうです。

 

 

“山田周生”という生き方

講演の冒頭で山田さんが、

「自分は就職したことがない。なので、肩書きを持ったことがない。ただ、やりたいこと、好きなことだけをやってきた。それが運良く仕事になってきただけ。」

とおっしゃっておられました。

最近、セルフブランディングというのをよく耳にしますが、山田さんはもう何十年も前から一人の人間として自分をブランディングして(本人はそんなつもりなかったでしょうが、結果的にそうなっていた)、“山田周生”という肩書きで生きてきたんだな、と感じました。

生き方が職業!という感じ。

20代の頃にバイクでサハラ砂漠を縦断し、そこからアドベンチャーレースやパリダカールラリーなどを経験し、そして、バイオディーゼルカーで地球一周。

お話の大部分がサハラ砂漠の話で、もうめちゃくちゃサハラ砂漠LOVEなのが伝わってきました。

それほど山田さんの人生の中で大きな経験だったんだろうなと思います。

大学一年生の時に将来に漠然と不安を抱き、死ぬまでにやっておきたいことを考えた時に、出てきたのが“バイクで死ぬほど走りまくること”、だったそう。

しかも舗装されていない道を。

日本は狭すぎて二日とか三日くらいで走り切れてしまったので、どこか広大なところ、と考えて思いついたのがサハラ砂漠だったそう。

思いついたからといってできるようなもんではないですが、そこで行動できてしまったのが山田さんのすごいところだなと思います。

死の危険もある中でどうしてそれができたのかという問いに対しては、

「死ぬのは怖くなかった。むしろこれができたんならいつ死んでもいいやくらいの気持ちだった。」

とおっしゃられてました。

う〜ん、まだそこまでの境地に達してないので理解できない。

いや、むしろその境地に達することができるのか?

明日死んでも後悔しないように、今やりたいことをやる、というのはよく聞く話ですが、今やりたくてやってることにも続きがあって、この先もまだまだやりたいって気持ちが絶対ないことはないと思うので、そうなってくるとやっぱり“死”ってのは怖いと思うんですよね。

わたし的には、山田さんのその行動力の源は、そういう経験を通して、なにが起こっても大概大丈夫!なんとかなる!生きていける!っていう自信からくるのかな?と思ってそう聞いたんですが、本人に違うって言われちゃったので。

生きていける自信、よりも、死んでもいいやって思ってたから、っていうんですよ。

今のわたしにはわからない。。。

また、きっとお会いすることがあるのでその時にもう一度じっくり聞いてみよ。

なんか話が変な方向にそれちゃいましたね。

そんなサハラ砂漠LOVEで30回も縦断して、人生でトータル地球70周分の距離を走ってきて、“周生”という名の通り、これからも周り続けて動き続けて生きていくんだろうなと思われた山田さんが、岩手で被災して、その支援をきっかけに岩手に腰をおろし持続可能な地域や社会づくりを実践されているというのも、なんとも言えないおもしろい運命だなと感じます。

最後に、サハラ砂漠のど真ん中でタイヤがパンクしてどうにもならなくなった時に、タイヤに砂を詰めて走って難を逃れたという話から。。。

何か困難に立ち塞がれた時、外に答えを求めても見つからないけども、目の前の身近にあるものや、もっというと自分自身の中にすでに答えはあるんだということをおっしゃっていて、この考えが持続可能な社会づくりにつながっていったということなんだと思います。

つまり、今目の前にある資源を有効に利用していくらでも生きていく方法はあるということ。

とかく日本の田舎は、この町には何もない、ただ山や川や海といった自然があるだけ、と言いますが、この自然があるということが世界的に見てどれだけ豊かなことなのか、恵まれていることなのか、世界を見てきた山田さんだからこそ感じて伝えられるんだと思います。

そうやって“周り”を“生かす”ことがこれからの山田さんの生き方なのかな、と勝手に感じた次第であります。

滋賀県を真のバイオディーゼルの聖地に!

世界を股にかけて活躍されてきた山田周生さん。

その山田さんがバイオディーゼルとものすごく深く関わっておられて、また、持続可能な地域や社会づくりに今まさに取り組んでおられるというのは、同じ道を進もうとしている私にとってとてつもなく心強いです。

そして、そんなすごいバイオディーゼルの第一人者が、「滋賀県はバイオディーゼルの聖地だ!」とおっしゃられていて、確かに油藤の青山さんがパイオニアとしてバイオディーゼルを引っ張っておられます。

ただ、残念ながら少なくとも私は生まれ育ったこの高島にはそういった印象を持っていません。

おそらく私と同年代、それ以下の年代の子たちの中でもそういう感覚はないと思います。

なので、今、こうして私がやり出したので、真の意味で滋賀県全体がバイオディーゼルの聖地となるように尽力したいと思います!!

↑この写真に誓って!!!

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